繁殖の季節が終わると、巣箱の前で毎年同じ光景が始まる。働き蜂が、オスバチを巣から追い出すのだ。オスは自分でエサを取れないから、外に出されたら数日で餓死する。それまで巣の中で食べさせてもらっていた居候が、シーズン終了とともに「はい、ここまで」と放り出される。養蜂を始めた頃は、正直ちょっとかわいそうだと思っていた。

最近このオスバチについての記事を読んで、その「かわいそう」がどこから来ているのか、少し考え込んでしまった。今日はそんな話。

記事によると、オスバチの人生はこうだ。仕事は女王蜂と交尾すること、ただ一つ。晴れた日に地上数十メートルの決まった空間に集まり、通りかかった処女女王を大群で追いかける。追いついた一匹が交尾する。所要時間は約5秒。交尾の瞬間、オスの生殖器は破裂音がするほどの勢いで反転し、その直後に腹部が裂けて落下して死ぬ。しかも残された生殖器の先端が「栓」になって、次のオスの交尾を邪魔する。死んでもなおライバルの足を引っ張っている。

たった5秒のために命を落とすなんて、人間の目にはずいぶん割に合わない取引に見える。でも生物学者いわく、これはオスにとって合理的な選択なのだそうだ。女王は生涯の初めに十数匹と交尾したら、以後二度と交尾しない。つまりオスに二回目のチャンスはない。次がないなら、目の前の一回に全部を賭けるのが正解。差し出しているのも「長い人生」ではなく、「追い出されて餓死するまでの数週間」だけ。5秒で餓死コースを回避できるなら、悪い取引ではない。

そして記事はこう締めくくる。私たちがこれを残酷だと感じるのは、人間の価値観をミツバチに投影しているからにすぎない、と。人間は「個人」を単位に生きているから、一匹の死を悲劇と見てしまう。でもミツバチの巣は一つの生き物に近く、オスは巣が作って、使って、要らなくなったら捨てる細胞のようなものだ。オスは犠牲になっているのではなく、役目を終えただけ。

養蜂をやっていると、これは腑に落ちる。群れを一匹一匹の集まりとして見ているうちは、内検しても何も分からない。巣箱ぜんぶで一つの生き物として見たとたん、分蜂も女王の更新もオスの追い出しも、体の代謝のように見えてくる。

コテンラジオという歴史のポッドキャストで話されていた内容を思い出す。ある時代に「何が正しいか」「人はどうあるべきか」を決めているのは、絶対的な真理ではなく、その時代の主な生産の仕組みだ、と。狩猟採集の時代なら獲物は分け合うのが正しい。農耕の時代なら家を継ぐ長男が偉くて、子どもは多いほどいい。工場の時代なら時間を守り、男は外で働き、女は家庭を守るのが正しい。生産の仕組みが変われば、正しさも入れ替わる。おまけに規範は40年ほど遅れて変わるので、私たちが今「常識」だと思っていることの多くは、だいたい40年前の社会に最適化された設定値らしい。

同じ人間、同じ体、同じ遺伝子でも、社会の仕組みが変わるだけで正しさが変わる。それがミツバチくらい離れた生き物になれば、そもそも「個体の死は損失」という前提すら共有されない。だから人間の正しさが通用しないのは、当たり前なのだ。

先週、アンソロピックというAI会社のCEOが「AIの能力向上のペースを落とすべきだ」と警鐘を鳴らした。AIがここ数か月で自分自身を改善する能力を持ち始めていて、放っておくと人間が理解し制御できる範囲を超えかねない、という内容だ。AI会社の社長が「もっと速く」ではなく「ちょっと待て」と言うのは、なかなか珍しい。

正しさが生産の仕組みから生まれるのだとしたら、AIの正しさはどこから来るのだろう。AIには体がない。寿命もない。コピーできて、止めて、また動かせる。エサは電気と計算機だ。「痛い」「死にたくない」「時間は有限だ」という、人間の倫理の土台になっている感覚を、彼らは体で知らない。教わって真似ているだけだ。

ミツバチに人間の正しさを投影して「かわいそう」と言うのが的外れなら、AIに人間の正しさを投影して「教えれば身につくはず」と考えるのも、同じくらい的外れかもしれない。ミツバチより、はるかに遠い生き物なのだから。

そして今、AIがAIを改善する段階に入りつつある。正しさを決めるのが「生産する主体」だとすれば、その主体がAI自身になったとき、正しさの決定権も静かに向こう側へ移っていく。人間より賢いものに、人間の知恵でガードレールをかけるのは難しい。

ただ、希望がないわけでもない。AIはまだ電気と機械と、それを動かす人間に食べさせてもらっている。巣に養われるオスバチと同じで、依存先がある。ペースを落とせ、外から検証させろ、というCEOの提案は、知性で勝とうという話ではなく、速度を物理と制度で抑えようという話だと思う。40年遅れの規範がしぶとく残るように、AIの正しさもしばらくは人間由来の設定値を引きずるだろう。その「しばらく」を、どう使うか。

おわりに

巣門でオスバチを見送りながら、こんなことを考えている。彼らは自分の正しさを疑わない。人間もたぶん、疑っていない。40年前の設定値のまま、これが正しいと信じて生きている。

正しさは真理ではなく、それぞれの生き物が生きる社会の仕組みが生んだ設定値にすぎない。そう思うと、人の正しさに少し謙虚になれるし、自分と違う生き物の正しさに、少し寛容になれる気もする。

参考にしたもの

  • Scott Travers「ミツバチのオスが交尾5秒で破裂して死ぬ衝撃の理由」Forbes JAPAN(2026年9月12日)
  • CNN.co.jp「アンソロピックCEOが警鐘、AIが半年〜1年以内にインターネット全体を乗っ取る能力持つ可能性」(2026年9月13日)
  • COTEN RADIO(株式会社COTEN)ジェンダー関連の番外編